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PCウイルスに溺れそう 

最近職場でまたPCウイルスによる被害が増加している。日に3,4件。さらに次々とそれ以外の障害も・・・

昨日も残業しつつ仕事をようやく片付けて、お家でほっとする間もなく今度は近隣に住む日本人から、「パソコンを見て欲しいんですが・・・」さらに芋ずる式に実は友達も・・・と一挙に3件もの案件。先週も隊員のディスククラッシュ1台を徹夜で治して、なんとなく不毛感がただよいつつ。

でも色々考えて、これも1つのワークショップかな?などと考えて楽しんでいこうかなぁと思い始めてきた。

今の職場もそうだが、何より皆が心から喜び感謝してくれる、解決が困難なものをやっつけると心から尊敬される。日本の前職ではやってあたりまえだったし、解決出来なければ逆切れされることだってあった。(もちろん一部の人にはとても感謝されたのだが)

そう思うと、とってもやりがいが見えてきた気がする。
それに、これを切欠にケニアにいるいろんな職種の日本人とのコミュニティーやパイプが広がっていくのもとっても楽しい。

そう感じる今日この頃。

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コーストへ 

前回も書いたが今週末から、同期隊員全員集合でコースト(インド洋沿岸部)地方に1週間ほどちょっとしたバカンスに行く予定。
今日職場の博物館からオフィシャルの許可レターをもらってGo!

ちなみにコースト地域まではバスでおよそ10時間かかるのだが、前回お伝えしたキスムと同じ様にコースト行きの道中も悪路によりバスで行くと果てしない苦労が待っている。しかし、今回はバカンスなので、苦労はできるだけしなように移動も飛行機をブック。うへぇ、なんて贅沢。主に滞在するのはケニア第二の都市「モンバサ」と、リゾートの街「マリンディ」となる。

「モンバサ」はケニアの海の玄関口であり大都市だけあって、「ナイロビ」と同じくらい治安の悪い都市と言われている。実はこの地域はムスリムが多く、アフリカ地域の彼らとしては秩序を持ちあわせ比較的安全といわれていたのだが・・・その定説もくずれさってしまった。特に滞在先は同期隊員の宿舎のある「リコニ」とよばれる地域を予定していて、この町はモンバサエリアでも飛びぬけて治安の悪い地域であるという。
逆に「マリンディ」はリゾート地域として比較的治安も安定している。ここではとにかく海でしこたまのんびりして過す予定。特にコースト地域で手に入る新鮮な魚介類が最大のお目当てである。というわけで、人生の中で海の無い生活のなかった我輩としては、8ヶ月振りにお目にかかれる事に興奮しまくっているのでした。

へたれ戻る 

今日、ようやく、へたれ「ジョージ君」が職場に復帰した。2週間といいながら、結局3週間近く休んでいたわけでかなりアバウトなんだよねぇ~。

業務中はほぼ一緒に行動していたせいか、周りの同僚からは、
「ジョージが戻ってきてよかったね?」
「寂しかったでしょう~」
「今日は楽しく一緒にランチね!」
とか、かなりきもい事言われてからかわれたり。

「いや、毎日寂しくて・・・」とか伏せ目してみたりすると、なんだ、貴様め「てへへ・・」だと?おいマジで照れるなよきもいよ。

でも、まぁ、なんだかかんだいいながらホットした気になっているのも事実だったり。

キスムに誘っておいて、結局合えなかった理由なんか言い訳がましく、言っておりましたがまぁ、どうせ当てにしていなかったのでいい。

「ところで、仕事溜まってるよ!!」
「はい、でも今日は休暇明けなんで・・・ポレポレ。明日からやるりますよ」だと。ほんとにこやつは「へたれ」な奴です。

こういう時は蹴り飛ばして仕事させた方がいいのかなぁ・・・

というかなぜ彼を「へたれ」と呼んでいるかと言うと、前任のボランティアがそう呼んでいたのでそうしているだけです。意味は無いでつ。

ちょび、ビジー 

なんだか、忙しい。
当部のテクニカルチームはカウンターパートの「へたれ君」を含め3人なのだが、承知の通り「へたれ君」は休暇中だし、もう1名の精鋭「ギルバート君」もお休みとなっており、実質1名で対応している。この1名「ファラ君」は1年未満の経験の少ない技術者なので、苦戦しているようだ。

とうことで仕事が徐々にあふれだしてきた。まぁ、こんな状況になることは目に見えていたのだが・・・
日々7,8件のパソコン障害が上がってくるが、テクニカルチーム1人ではどうにも追いつかず、マネージャーの「クリア氏」からアタッチメントの学生をひきつれて、溢れた障害対応をして欲しいと泣きつかれた。
もちろん、いつもと同じ事なのだが、アドバイザー的立場から主導権を握って対応にあたらなければならなくなり、忙しく感じるようになったという訳。
もちろん、日本で障害対応をしていた時代はこんな程度では忙しいなんて思うほどではなかったが、言葉の問題や物理的な機材、システム環境の違いから自己解決しようとすると意外に難儀・・・
障害の割合はウイルス障害6割、オペミス、勘違いなど3割、ディスククラッシュ1割。なかでも重いのがウイルス障害、時間がかかる。「へたれ君」、意外にがんばってたのねぇ・・・・
とにかく、アタッチメントの学生は一生懸命だが、なにぶんスキルが低すぎて我輩のへぼ英語からスワヒリ語への通訳みたいな感じになってしまっているのは悲しい・・・

というわけで、全テクニカルメンバーが復帰するまで、日中は少々多忙な気分を味わってます。つっても定時帰宅で深夜まで残業があるなんて訳でもないんスけどね。

ぐりーてぃんぐだぁ?? 

「セマ!」

挨拶である。
スワヒリ語で「Sema(セマ)」は「Say」つまり、直訳すると「言えよ!」とでもなるだろうか?スラングだが、日本でいうところの「うーっす」とか「ちわー」とかそんな感じで使う。ケニア人はすれ違う知り合いには使いまくるので、あちこちで、「セマ!」「セマ!」と飛び交う。

あと、よく使うのが「Manbo(マンボ!)」 「Poa(ポア!)」
「Jambo(ジャンボ!)」(直訳:元気?調子は?・・・で、こんちわ)はスワヒリ語の挨拶でも有名だがあまり使わず、「マンボ」はその複数形で、こっちを良く使います。「どうなの?」て感じですかね。返事の「Poa(ポア)」は「Cool!」つまり「冴えてる!=最高!」となるわけです。

それから、「Leo!(レオ)」=「Today」つまり、「今日」の事で、同じく「今日は?」って感じのも良く使います。
普通は「Habari Ya Leo?(ハバリヤレオ)」直訳で「今日のニュースは?」で「How Are You Today?」つまり「今日はどうです?」ってのが普通の言い回しだけど、短くしてスラングっぽく使った感じ。「Habari!(ハバリ!)」だけのもよくつかいます。

だいたいスラングも都会と地方ではだいぶ違うみたいなので、挨拶の方法もさまざま。特に、首都ナイロビの若者は、スワヒリ語と英語を組み合わせた「シェーン」と呼ばれる造語・・・日本で言うところの「コギャル語」みたいな、大人も理解できない言葉があったり、それも出身部族によって様々だったり・・・そして、それぞれうまく使い分けていて、ちょっとすごい。
とにかく、新しい言葉の文化は何処の国も同じだなぁ、などと思いつつ、そんな彼らはアジア人を見ると「チンチョンチャン」と声をかけます。
なんだかよく解らんが、その響きが激しく腹立たしいので、くってかかると、「挨拶だよ!!怒らないでよ~」と弱腰。誰かよからぬやからが、挨拶だと教えたのが広まったっぽいけど・・・半分はからかう言葉だという事も彼らはわかっているようなので、さらに胸が悪くなる。
ちなみに同僚曰く、彼らは中国人も韓国人も日本人も全て「チャイニーズ」で区別がつかないとか。
まぁ、職場の1人がつい最近まで我輩を中国人だと思っていたという事実もあるし。
しかし「チンチョンチャン」とは腹立たしい響きでござる。貴様ら皆無礼打ちものじゃ。

と、えらそうに言う我輩も一向に挨拶以外のスワヒリ語を覚えていません。だって、へっぽこ英語で事たりちゃうんだもん。いかんいかん。

素敵な終焉 

キスム3日目、一応カウンターパートのへたれ氏から連絡が入れば、どこかに連れて行ってもらおうと思っていたのだが、音沙汰がないし、そもそもどうでもよくなっていたので・・・
この日は、同期に聞いて郊外に「赤道記念碑(Equator Monument)」があるというので行って見る事に。記念碑なので記念になるかなぁ程度でと言うし。
キスムから北に、マタツで30分ほど。ウガンダとの国境の町、「ブシア」へ向かう街道沿いに「マセノ」と呼ばれる小さな村がある。
かなりのどかな田舎道・・・・

のどかな田舎道


そこに、そこにぽつんとモニュメントが立っていた。

「・・・しょ、しょぼ・・・」

実は、訓練所にいた半年前、訓練スタッフであったJICA職員に30年ほど前に協力隊員としてケニアで活動していた頃に撮った写真のスライドで見せてもらった事があったのだが、その当時のモニュメントとまったく変わらず、相変わらずそこにあった訳で・・・そういう意味ではとてもすごひと思ひました。

赤道直下


その後タウンに戻り、昼食を取ったが、あいかわらずへたれ氏から連絡はない。

時間つぶしに、キスム駅を見に行くことにしました。キスム駅はケニア国内を東西につなぐ唯一の鉄道であるケニアレールウエイの西の終着駅でもあります。
こじんまりした佇まいでしたが、情緒のある田舎の駅って感じ。1日、貨物も含めて数本の列車しか停まりませんが・・・相変わらずのんびりした空気の中、駅の中をぶらぶら見せてもらいました。プラットホームはもちろん、線路の上もご自由にと・・・

キスム駅

終着駅

線路は続くよ・・・


駅の反対側は、ビクトリア湖畔に隣接していて、フェリー乗り場があるとの事なので線路ずたいにプラプラ向かう。
これといった物は無かったが、朽ちた貨客船が放置されていたり、ウガンダへ向かう小型の貨物船に忙しそうに荷物を積む乗組員の動きなどをぼんやりみながら、平和な時間をすごしました。

フェリー乗り場


その後タウンで夕食の買出しなどをして、アパートへ戻る。
アパートへ戻ったはいいが今度は停電。停電のせいで給水ポンプも止まっており水もでず途方にくれていると、同期が帰宅。直後、電気は復旧したが、水は相変わらず出ず、少ないミネラルウォータでなんとか食事を作り一安心。

そこで、ようやくへたれから連絡が入った。
「連絡できなくてごめんなさい、いろいろ予定が狂って・・・・、明日帰っちゃうんでしたよね?来週また戻ってきませんか?」

んだとぉ~??戻ってくるか!!つーか、そんな金は無いっつーの。

「いや、もういい・・・君と君の家族の帰省休暇だからね・・・俺は二の次で。再来週、会おうね・・いい休暇を・・・」

というわけで、案の定、期待しなくてよかったぁ。と自分を褒めつつキスムに来た目的が・・・
まぁ、いっかぁ。就寝。

翌朝、9:00発の便でナイロビへ戻るバス乗り場へ向かう。
結局、水は朝まで復旧せず、アパートのレセプションに行くと、昨日の停電で給水施設が稼動できなくなったみたいで、近辺全域の水道が同じ状態との事。週末にかかるから多分最低3日は復旧のできないよ~などと言われてました。
やっぱケニア、これがケニア・・・・かわいそう、同期・・・

そんな、同期に送られつつ、ぼんやりした旅行も終焉へ。また8時間、激しい悪路にうんざりしつつ、あれっ、実際は行きより帰りは楽だなぁ・・・と感じ方もちょっと変わってたりしながらバスで寛いでいました。

「遠足はお家につくまでが遠足です」

帰路も残り3割ほどになった頃、突然バスがエンスト・・エンジンがかかる気配は無し。
マジですか・・・見渡す限りのサバンナの道にバスがスポイル。
確かにね、想定にありましたけど、そんな初旅行でビンゴですか?
確立高すぎ、ケニア・・・
ケニア人にはよくあることなんだろうね、彼らはあせる気配なし。

1時間ほど再度動き出すバスに期待していましたが、雰囲気でだめっぽい・・・
乗員に聞けばもう駄目なので、後続のバスの空席に順次乗り換えてください・・・と。

この写真を撮った直後立ち往生・・・


さらに1時間ほど待って、ようやく空席のあるバスに乗り込みナイロビへ再出発。
一時はどうなることかと、明るい内でよかった・・・

予定より2時間オーバーの午後7時頃ようやく我が街に到着。
日が暮れると激しくおっかない街なので、早々にマタツをひろってお家に帰ってきました。

もうくったくた。風邪も悪化した感じだし。熱い風呂はいって寝ました。

ってなぐあいで、まぁ、キスムはいい街だったし、最後はあせったりもしたけど、くだらないブログのネタにもなったし、振り返ればよい経験をした4日間だったと思えるわけで・・・

こんな具合でほんとうに残り20ヶ月、どんなことが起こるやら想像もできないケニアの日々に乾杯!

※ キスムの断水はこの日の夕方までには復旧したそうです。

キスムの日 

到着の翌日、実は風邪でけっこう酷い体調であったが、キスムの街を散策することにした。
ここで、キスムについて簡単に触れておく。(大半は受け売りだが・・・)

キスムはナイロビ、モンバサ(東のインド洋に面する街)に次ぐケニアでも3番目に大きい都市。ケニア側のビクトリア湖畔に位置しており、西部地区の要所である。隣国タンザニア、ウガンダと3国間での経済協定が結ばれていた頃は物流も盛んで上景気であったらしいが、協定が破断した現在は少々元気が無い。
西部地区はおうおうにして治安の良い地域である。キスムは大きな都市なので、それなりの警戒は無論必要だが、ナイロビなどに比べるとすこぶる安心して過せる。
この地はルオ族と呼ばれる農耕民族の土地で、言葉もルオ語を聴く機会が多い。

といったところで、宿泊させてもらっている同期隊員はもちろん朝から仕事に出かけるので、昼前頃に彼の職場である「キスム国立博物館」を見学させてもらい、共に昼食をする事だけ決めて、先輩とぶらぶらと街に出かけた。
街には「ボタボタ」と呼ばれる自転車タクシーなるやからがそこかしこにいる。マタツと共に、市内の移動手段として多くの市民が利用している。ちなみに、この「ボダボダ」はナイロビでは目にしない交通手段である。ちなみに「ボタボタ」の語源は「ボーダー・ツー・ボーダー」から。ケニア・ウガンダのボーダー(国境)を気楽に行き来する手段というところから来ているとのこと。国境地域から広がったもので、首都ナイロビ以外ではある程度目にできるのだが、ここ西部地区が本家ということに。市内の移動は概ね10ksh~20ksh(15円~30円)ほどで交渉しだい。単純に2人乗りして目的地に行くだけなので・・・

ボダボダ

ボタボタ後席より


といったところで、街をぶらついてみたが、特に目立った物は見当たらなかったので、この「ボダボダ」に乗り込み、「キスム国立博物館」へ向かう。

キスム博物館


同期の勤めるこの博物館も無論「国立博物館」ということで、我輩の職場であるケニア国立博物館の分館にあたる。規模は小さいが、内部は思ったより整備されており、特に展示品のレプリカなどは精巧にできており感嘆させられた。館内の展示はキスムということもあり、ルオ族の伝統文化を中心とした展示施設と共に、ビクトリア湖に生息する淡水魚の水族館や蛇館などがあり、のんびりとはしているが楽しめる施設であった。

彼の職場のスタッフ達や、館長などと簡単に挨拶を済ませ、昼食に出かけた。その後、同期は仕事に戻ったので、我らはビクトリア湖畔の散策に出かけた。
「マタツ」、「ボダボダ」以外の他の移動手段に「トゥクトゥク」なる3輪バイクのタクシーがある。これも地方に多い移動手段だが・・「マタツ」が決まった長距離路線、「ボダボダ」が短距離、となると・・・中距離はこの「トゥクトゥク」になるのだろうか・・・
ちなみに「トゥクトゥク」の語源はその走行音から来たらしいが詳細は不明。

これを1台手配し、ビクトリア湖の眺めがいいといわれる「キボコ・ベイ」なるポイントへ向かう。
途中道すがら、「インパラ・サンクチュアリ」なる動物公園があるというので、「トゥクトゥク」を待たせ、そこに寄ってみた。ビクトリア湖に面したエリアを、動物公園としている場所で、「奈良公園」のように「鹿」ならぬ「インパラ」が30頭ほど放し飼いになっているところを散策するだけの施設。
ライオンとレパードとハイエナと・・・そんなのもちょびっと檻にいたけど。。。

インパラ

なら公園かぁ??


さらに15分ほど「トゥクトゥク」にのると、「キボコ・ベイ」なるビクトリア湖に面したリゾートホテルへ到着。プールつきのホテルに隣接したレストランで、ビクトリア湖を眺めながら、お茶などをいただく。贅沢なひと時。

キボコベイ


ビクトリア湖はアフリカ最大の湖沼。世界で3番目。
しかし、およそ60年前に放たれた「ナイルパーチ」と呼ばれる外来種の魚により、湖内の生態系が破綻しつつある。「ダーウィンの箱庭」と呼ばれ約400種類いたとされる固有種も数百種類は減少したとさえ・・・・生態系が破壊された為に起きるた環境汚染も深刻な問題となっているそうだ。
日本でも「ブラックバス」による生態系破壊が問題になっているし、この「ナイルパーチ」は日本で「スズキ」などとして売られているという。複雑

とにかく、夕方にはビクトリア湖に沈むロマンチックな夕日が眺められたはずだが、この日も天候が悪く、しだいに空は曇り始め、時折雷鳴が・・・
早々にタウンに引き返す。市内のチャイニーズレストランで夕食を済ませ、同期のアパートに帰り、2日目は終了。へたれからは連絡こず・・まぁいいや。

ということで、ぼんやりいきあたりばったりキスム滞在はまだ続くのでした。

キスムへ 

と言う訳で、キスム旅行です。前日に長距離バスをブッキング。片道約800ksh(1400円ほど)。7月31日、11:00発に決定。
ナイロビからキスムまではバスでおよそ7時間半~8時間かかります。
うーむ。けっこう遠い・・・
途中、ナクル(ケニア第4の都市)、ケリチョ(小さい街だがケニアンティーで有名な茶所)でそれぞれ食事、トイレ休憩を挟むが、道中の道は激しい悪路。
一応舗装はされているものの、そこらじゅうひび割れ、穴だらけ。あまりの振動にバスがばらばらになるのではと思うくらいの酷さ。途中シートから飛び上がる事数回。乗り心地は最悪、ありえない・・・
ナクル近辺は新しい道路を敷設中ではあるが・・・いつ頃開通するのやら・・・
しかも途中からどうも風邪らしき症状を呈し始め体調は最悪になってくるし、首は鞭打ちになったのではと思うほど痛いし、到着した頃はもうくたくた。
もちろん悪路については事前に隊員達から聞いていたので想定はしていたが・・・・

ただし道中の車窓はすばらしかった。ちょっと天候がよくなかったのですっきりはしていなかったのだが。
ナイロビを抜けて1時間ほどから、ナクルを抜けるあたりまでは、リフトバレーとよばれる標高2000m近くまでの高地エリアを縫って進んでいく。まばらな潅木のある切り立った断崖を右目に、左はかなたの地平線まで見渡せるなだらかな丘陵地帯が広がり、ところどころに湖を望む。続くケリチョに近づくと、無限に広がって見える茶畑に息を呑む。そして、キスム近郊に近づくと、ルオーの地如く、「きのこの家」と「広がる農園」・・・どれも人と自然が作り出した景色、ケニアでも肥沃な地域なのだろうと実感させられる素敵な景色であった。

西部への道

ケニア茶所


夕方7:30頃、日もほぼ暮れた薄暗い中、キスムの街にすべり込む。同期隊員はバスの発着所でわざわざ出迎えていてくれて感激。ちょっとした買い物をタウンで済ませそのまま、彼のアパートへ。2LDKの素敵なアパートにお住まいで、シャワーのお湯はまだ工事中でしたが、食事と清潔で安心な宿泊施設を提供いただきました。

夕刻、へたれ氏から連絡が入る。
「今何処ですか?キスムにいるんですか?、僕は今ナクルに入る所です?」
(おーい!!おめー月曜にはキスムにいるって言ってただろうがぁ。なんでまだ移動中なんだよぉ。と強くは言いませんが・・・)
「ごめんなさい、色々準備に手間取って、金曜に帰るんですよね?・・・じゃ、木曜日に会いましょう、連絡します。」との事。・・・・あまり期待せずに待つことにする。

とにかく、バスの疲れと風邪のだるさで速攻「ララ、フォフォフォ(熟睡)」・・・

と言うわけで、つづく。

突然のキスム旅行 

実は先週末、突然カウンターパートのへたれ氏が2週間休暇を取り実家のキスムに帰ると言う。「おいおい!!2週間の休暇だぞ?引継ぎは?というか、そもそも事前に言うとかないのかよ~!!」と詰め寄っても「休暇だから・・」いやね、だからね・・・

日本研修も落っこちてがっちりやってた渡航の準備も全てオジャンだからねぇ。(つーか、行ける気満々すぎだからだよ・・・落ちるの想定しとけって感じ)

でも、まぁ、仕事も無いしねぇ・・・既にケニア人思考になれつつある我輩としてはこれ以上突っ込む気にもなれず逆に「いいなぁ~」などとぼやいてみた所・・・・

「来ますか?キスム。」とへたれ。
「えっ?いいの?行きたいなぁ・・・」
「じゃ、仕事休んで来て下さい、連絡します。向こうで会いましょう。」などと安易に言う。
「あ・・・そう。まじで?・・・じゃそうしようかなぁ。」

我輩もケニア人だ・・・というか完全に駄目隊員。仕事ほったらかし。というか、オフィスの移転も8月中には難しそうだし・・・今のところ差し迫った仕事無いけど・・・
実はこの8末、早々にコースト方面に長期休暇とる予定なのでちょっと迷っていたのだが、まぁ、カウンターパートが行くということで、JICA事務所への言い訳が出来たので・・・
いっちゃうかぁ・・・

えへん。さっそく・・・仕事の休みを入れてOK、で事務所に連絡・・・
「えぇ~まだ赴任から3ヶ月まで1週間あるでしょ?だめですよぉ~まだ私事の移動は・・・しょうがないなぁ。今回は業務上と言うことにしときますけどぉ・・・」などと担当調整員に散々ぼやかれましたが、一応仁義は通したっつー事で・・・・了承。

一人で行くのは前回の強盗の件もあってちょっと怖かったので、連絡所でぼんやり休暇していた先輩隊員1名を誘いつつ、キスム在住の同期隊員殿に宿泊を依頼。突然かつウィークデーに迷惑千万だろうが・・・快く且つ即答でOKしてもらいました。感謝!!
本当は土日もからめて西部の奥まで回りたかったのだが・・・都合上、金曜夜にはナイロビに戻らねばならないため今回はキスムのみということに。

と、カウンターパートにキスムをエスコートしてもらう目的なぞどこえやらで3泊4日で初のナイロビエリアから長期脱出に成功!!

つー、前置きが長くなったので、キスムでのぐたぐた旅行とそのてん末は明日以降に・・・・

ケニアマップ

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