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インタビューウィズへたれ 

今日でようやく半年・・・かなりホームシックな日々。
息子に逢いたくてしかたがない・・・・
それから、お袋さんの誕生日だな。60だったかな・・
いやはや今年はなにもできなくてすみません。

というわけだが、今日は朝から小トラブルが多発で、出社そうそうから対応に追われ、結構どたばたしていたが、午後、カウンターパートの「へたれ」ジョージ氏と、日本研修受入の再アプライによる、JICA事務所での個人面接に向かった。
実は研修、今回は各自治体からの受入人数はたったの4人。しかも全世界のボランティア・カウンターパートからである。つまり簡単に見積もっても100人以上の応募者の中からたったの4人ってこと・・・

うーん、狭き門・・・望み薄っ!!無理だろ普通。

とは思うものの、彼の技術レベルの高さはさすがに我輩も感嘆する部分があるので、もっとハイレベルな息まで引き上げてあげたいのも事実。

我らの強みは何と言っても受入可能自治体が我が故郷「千葉県」であるという事と、前回の選考では最終選考まで残っているという事。

わずかな望みを携えていざ面接に望む。行く前に「少しは緊張してる?」と聞くと・・・
「ぜんぜんです・・・あ、少しは緊張していたほうがいいんすかね?」などと結構のんき。

確かに、去年も同じことをやっているし、まぁ簡単なイントロデュースとアピールくらいなので・・・わからなくもないが。緊張感のないやつだよなぁ・・・
付き添いの我輩の方が緊張してるってのに、まぁいいけど。

実際事務所に到着し、順番をまっている間に、思いのほかそわそわしていたので、まぁ、少しは緊張し始めたのかと思ったら・・・

「唯一持ってるネクタイもって来ました・・・やっぱしめたほうがいいよね?。どう?かっこいいすか?」
「・・う、うん、か、かっこいいよ。グー、グー」

だめだな。こいつ。

実際の面接は30分ほど。まぁ普通。少々アピールが足りないなぁ・・・とは思ったがスラスラと礼儀正しく的確に質問に答えてた。
『同僚としての我輩の評価』なんて質問もあったけど、うまくお世辞ついてたなぁ。

面接が終わった後・・・
「よかったんじゃない?自分ではどう?」
「実は去年とまったく同じ質問でした・・・しかも面接官も一緒。前と同じ答えを返したけど、こんなんでいいんですかぁ?」と。

あっ、そう。無、無理かなぁ・・・やっぱ。
とりあえず、6,7ヶ月ながーい結果をまた待ってくれたまえ・・・

というわけで、なんか1日疲れました。

俺のカメラで勝手に何とってんだ・・・

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最近あったかいよ~ 

ようやく、ナイロビも暖かい(というか暑い)季節になってきた。先週くらいから、ずーっとお日様が出てて日中もじりじりと暑い。
その前までは本当に寒くて、朝夕なんか真冬のように・・・

8末頃まではちょっと雨が多くて寒い時期らしいんだけど、今年は異常な年みたいで、9月の末まで寒さが続いた・・・
ケニア人の同僚達も「今年はおかしい!おかしい!」といつもいってたくらい。

お布団(ベッドマット)もお日様にしっかり干せるし、夜は半そで半ズボンでらくちんに寝られるし、やっぱり夏というか、暑いほうが我輩は好きだって事がよくわかりまちた。

新バスサービス 

最近市内を新しい路線バスのサービスが運行している。その名も「City Metro」。実際は1月ほど前くらいからスタートしていて、なにやらちょっくら様子の違うバスが走ってるなぁというイメージだったのだが、ねたがあまりないのでちょいと。

以前のブログにもバス事情について書いたことがあるのでそのあたりとくらべると、運賃も通常の路線バスの倍の40Kshもとる。
無論ケニア人にとってはかなり高いフェアーなので、裕福層の人しか利用できないせいか、いつも乗客はガラガラ。朝、我輩の通勤時間はラッシュのただなかなので、席の空いたバスを捕まえるのも一苦労。値段が高いのを知りつつも、ついこのバスが来ると手を挙げて乗り込んでしまう。

※ マタツ(乗り合いバン)ならある程度乗り込めるのだが、危ないので最近は極力利用しないようにしている。

この倍の値段の差はなんぞやというと・・・まずは、シートの配列だ。席間が圧倒的に広い。エグゼクティブシート?って感じ。通路も広く、無理やり乗り込むお尻の大きなおばちゃんにヒップアタックを食わないで済む。
次に言えるのが、客へのサービスにあるようだ。市内を走る路線バスやマタツは、ドライバーとセットでコンダクターとよばれる添乗員が必ずいて、客はこのコンダクターに降車場所を指示したり、料金を支払ったりする。だが往々にして、客を客としない憮然とした感じのタイプが多いのだが、この新サービスのコンダクターは一味違った感じなのだ。
乗り込むときも、「Good Morning Sir!!」といきなり小気味良いし、料金の要求もとても丁重な受け答え。レシートもハンディプリンターからピローンと出る。さらに、降車時も「Thank you Have a Nice day !」などと手を振る始末。(笑

「なんだぁ?ケニア人もこんなサービス出来んじゃ~ん!」などと関心したりして。
まぁ、サービスっていってもジュースが出てくるってもんでもないし、気持ちだけの問題かもしれないけれど、近隣のアフリカ諸国の中でもケニアの公共交通の運行は飛びぬけてずさんな情況にあるって事らしいので、このあたりから少しずつ変わっていってもらう切っ掛けになればいたいなぁ・・・などという想いも込めて、この高価なバスの需要を上げる一人になってやろうなどと思っております。

疥癬の恐怖再び・・・ 

先週の中ごろ、足首にすこぶるかゆいぽっちができた。もしや、とも思ったが、めったにいない蚊が部屋を舞っていったので、そいつにやられたかなぁ・・・などと楽観していたところ・・・

翌朝起きると、数箇所ふくらはぎの裏に増えている!!

・・・・かゆすぎる、やな感じだなぁ・・
そして、金曜の朝・・・数えると今回新たに25箇所のかゆみが出来ている事を確認。

あぁ・・再発かなぁ。(前回記事)速攻健康管理委員に電話を入れると、2回目なので、「病院でちゃんと見てもらいましょう。」

ということで、職場に休みを取る連絡を入れ、「ナイロビ病院」へ向かう。やはりまた疥癬との診断。

どこでうつったのか・・・医師によると、前回からは2ヶ月ほど経っているので、駆除できなかったダニがキャリアとして潜伏していた期間としては考えにくいというので・・・
おそらく、今月頭の西部旅行でうつされたんじゃないかと言う。

前回服用した、ダニ駆除内服薬とダニ駆除全身ローションを処方してもらう。

帰宅後、部屋を大掃除し、部屋中に殺虫剤を散布、すべての衣類、シーツ、毛布を熱湯消毒。くたくた。

処方された薬、ローションを塗り就寝。
かゆみ増加確認できず・・改善したと思う。

もちろん、やられたところはしばらく痒いのだが・・・

なんか、ほんとうに不衛生な生活を送っているみたいでやな感じ。
朝晩シャワーを浴びてるし、部屋もほんとにきれいにしてるんですけどねぇ・・・・

いやぁ、ほんとに恐るべし。疥癬。

ロングバケーション 

前々回のブログにあるように、先週まで2週間を越えるコーストエリアとウエスタンエリアの長期旅行に行ってました。
この旅で、ケニア東西横断を完遂するという強行軍をなしとげ、早々にこの国でやりたかった最低限の目的を達することができました。少々落ち着いたのでその顛末日記を以下に。(長いよ~)


8月25日
早朝、ナイロビを飛行機で発つ友人、同期隊員と共に空港へ向かい、コーストエリアは「マリンディ」へ。
540プロペラ機

「マリンディ」はケニアでもリゾートで有名な小さな街。ハイシーズンになると、欧州からの(特にイタリア人が多い)沢山の観光客が訪れる。空からアフリカ最高峰キリマンジャロを眺めつつ、飛行機は1時間ちょっとで「マリンディ」空港に到着。早速滞在予定のホテルにチェックイン、水着に着替え、既に現地入りしている同期隊員の待つビーチへ向かう。はるかインド洋を望みアフリカに来ている実感をかみしめる。輝く太陽、白い砂浜、透き通る青き海・・・・
パラダイスビーチ(マリンディ)

すっかりリゾート気分に踊り、合流した同期達と共に海ではしゃぎまくる。夕刻、誰もが美味しいと評判の海鮮イタリアンレストランで食事をとる。2ヶ月ぶりのケニア同期隊の全員集合を祝い豪勢な夕食。皆ひさびさの海の幸に大満足。その後、有志数名と共に現地のクラブ(ディスコ)へ繰り出し、深夜まで怪しげな夜をすごし悶々とするも、おとなしくホテルへ帰り就寝。


8月26日
朝食をとり、前日ビーチで予約したボートでのスノーケリングツアーに繰り出す。
マリンディ沖の船上で

沖合いのスノーケリングポイントにて魚と戯れ、ボートの屋根でのんびり潮風にあたりつつ、となりの船のムズング(外国人)女子のエロ水着に合掌。まさに天国にいるようなひと時。
スノーケルポイント

昼過ぎ、陸に戻り魚料理を食す、この魚、はてしなくうまし。食後、先行して帰路につく同期2名と別れる。残った我らはショッピングの為タウンへ繰り出し、ぶらぶらする。タウンはごみごみしていたが、とても治安がよく楽しめた。
タウンの八百屋

夕刻タウンのローカルフードを食し、これまたうまいこと千万。満足してホテルにもどり就寝。


8月27日
本日はコーストNo1の美しさと噂の小さなリゾート「ワタム」へ向かう事に。「ワタム」で活動中の先輩隊員と午後にタウンで合流しエスコートしてもらうことに。空いた午前中は近場を観光。
バスコダガマクロス

午後になり、先輩隊員2名と合流。うまいコーヒーを出すというカフェに行き、カプチーノをすすりながら歓談。夕刻、「ワタム」へ向けマタツ(乗り合いバス)に乗り込み北上。2時間ほどゆられ、「ワタム」へ到着。早速、滞在予定のホテルへ。夕日に染まるワタムビーチを背に豪華なプール付のホテルに大感激!!
夕日に染まってゆくワタム

ワタムのホテル

チェックイン後、明日の海鮮パーティの食材の品定めにタウンをぶらぶら。うまそうな「えび」「ろぶすたー」・・まいりまくり。
日が沈み、高級ホテルのイタリアンレストランへ。ここでも「かに」「たこ」「いか」「えび」「ろぶすたー」など涙がでるほどうまい海鮮イタリアンを堪能し大満足。食後、最近オープンしたというイタリア人が経営するジェラートの店でデザートをさらに堪能。心も体も満腹、幸せ気分で深夜就寝。


8月28日
就寝して30分もたたない深夜1時半。突然別の部屋で就寝中の同期からの電話で起こされる。どうも、同室の友人(今回一緒に来ていた)が突然手足に酷い痺れを訴えているとのこと。ねぼけながらも、急遽近隣の都市「モンバサ」市内にある救急病院に搬送することに。タクシーを手配し、付き添いに2名を載せて深夜の闇に消えた。自分と同期1名はとりあえず、朝を待ってから追従することに。一端部屋にもどり仮眠をとる。
早朝5時、付き添いで行った同期より連絡があり、無事病院に着き検査を受けているとの事。症状も若干改善しつつあるようで、なんらかの感染症ではないかとの事だ。とりあえず、不急の事態は避けられたようなので、朝食を軽くとり「モンバサ」へ向かう。
「モンバサ」まではマタツで約3時間。睡眠不足でうとうとしていると到着する。
「モンバサ」はケニア第二の都市でケニアの海の玄関口。人々でごった返す暑い街だ。ナイロビとはまた違った喧騒。うだる暑さと寝不足でぐったりしつつ、早速、急病になった友人が静養の為、滞在しているというホテルを訪れる。突然のことでちょっとショックを受けているようだったが、症状も快方にむかっているとの事で一安心。静養中の友人を残し同期と共に昼食を取る。
午後、静養中の友人の付き添いに1名を残し、我輩達は「モンバサ」近郊の「リコニ」に住む同期隊員の家に宿をとることにする。夕刻マタツ、フェリーを乗り継ぎ1時間ほどで到着。
リコニフェリー

港で購入した「えび」、「いか」を調理し、てんぷらを揚げて3人で喜びをかみしめつつ、そのまま就寝。


8月29日
早朝再び、「モンバサ」市内へ。静養中のホテルに向かうと、友人の症状もほぼ全快。タウン郊外の青空マーケットへ繰り出す。昼、近辺のホテルで昼食を取り、モンバサのタウンを散策。その後全員でマタツ、フェリーを乗り継ぎ、「リコニ」の同期隊員の家に再び戻る。昨日同様、海鮮食材を調理しつつ、深夜まで談笑し、就寝。
同期宅での夕食



8月30日
早朝より、近郊のリゾート「ディアニ」ビーチへ向かう。ここも「マリンディ」に負けるとも劣らないパラダイスビーチ。
パラダイスビーチ(ディアニ)

ビーチの露店

浅瀬で少々戯れたが本日午後に上京する隊員1名を送る為、一旦「リコニ」に戻る。帰りの列車の時間に追われる同期とあわただしく別れ、夕刻までぼんやりすごし、夕食をとりつつ早めに就寝。


8月31日
先日不完全燃焼だった、「ディアニ」のビーチに再び出かける。
ら、らくだ?なぜ?

今日は少々引き潮で岩場が露出していて泳ぐには不向き。だが波打ち際の浅瀬では「ウニ」が群れており、皆むさぼり食う。ケニア人はわれらに奇異の目を送っていたが、おかまいなし。
うにぃ!!即食い

ビーチで呼び込みをしている船頭の話にのり、沖合いのバリアリーフまでスノーケリングに出発。だいじょうぶか?と思えるようなカヌーに乗り込み沖合いの浅瀬でスノーケリングを楽しむ。
えぇ?こんないかだなのぉ?

リーフの外では比較的きれいな波が立っており、サーフィンもできそうで歯がゆい。
まさにセルリアンブルー

昼食を済ませ「リコニ」の隊員宅へ戻り、軽い夕食をとり、そのまま就寝。
同期隊員のセキュリティクラークと




9月1日
本日は帰省の日。起床後、家主の同期隊員は先行してバスで「ナイロビ」に上京するため朝早く出発。飛行機で帰る残り3人は午後のフライト時間まで隊員宅でぼやぼや過ごす。昼過ぎ隊員の配属先の好意で手配してもらった車に送迎され空港につく。
待ちぼうけのモンバサ空港

チェックイン時に飛行機が少々遅れているとの事だったが、昼食を兼ねつつサンドイッチなどをぱくつきぼんやり待っていたが、一向に飛行機が到着する気配が無い。空港のアテンダントに聞くと技術トラブルにて飛行機が飛ばないとの事。別便が夜7:30頃到着する予定なのでそれまで待って欲しいとの説明。にわかに浮き足立つ。というのは万一時間通りに別便が来ても「ナイロビ」到着時間は9時近くになってしまい、移動禁止時間(安全上の問題からJICAに規定されており破ると罰則)をとうに越えてしまう。本日の「ナイロビ」上京をあきらめる事にして、「モンバサ」へ戻り1泊し翌日の移動に変更することにした。だが、翌日の飛行機に変更をかけようとしたが、9月3日(月曜日)の午後まで満席との事。9月3日には早朝から全隊員を集めた会議がある為、どうしても明日中に「ナイロビ」に戻らなければならない。ここで飛行機での移動を断念。翌朝早朝の長距離バスでの「ナイロビ」上京に切り替えることに。当日の席があいている可能性は低かったが、しかたがない。タクシーを航空会社に手配させ、早々に「モンバサ」市内に戻りホテルに入る。空室は確保できたが痛い出費だ。早々に眠る。


9月2日
早朝6:00「ナイロビ」行きの長距離バスをブッキングするため、朝もやのタウンに一人向かう。休日とあって人気も少なく、少々おっかなかったが、汗だくになりながらようやく3件目のバス会社でなんとか3席が確保できた。快適な飛行機での移動の為にお金をかけたのに・・・ケニアって国はほんとに・・・苛立ちながらも同期と共に8:30発の長距離バスに乗り込み一路「ナイロビ」へ約9時間。道中はケニアらしいサバンナの草原を眺めながら思ったより快適に移動できた。
はてしないサバンナの草原

夕闇の「ナイロビ」にようやく到着。ほっとしながらタクシーにて隊員連絡所(ドミトリー)に到着。明日の安全会議に出席する隊員が一同にかえしドミトリー内はごった返していた。夕食は10月に任期満了する事務所所長とシニア隊員の送別会を兼ねて日本食レストランでひさびさに寿司などを食す。はげしい疲労感の中、深夜ようやく自宅アパートに戻る。同期隊員1名をアパートに招き早々に就寝。


というわけで、予定していた工程をだいぶ変更する事態となったが、なにはともあれ無事コースと旅行を終え、久しぶりの海を満喫することができたのであった。この2日後、西部へ向けて再度4泊5日の旅に向かうことになる。


9月3日
早朝よりケニアボランティア、JICA職員、JICA専門家などJICA関係者を一同にかいし12月に予定されている「ケニア大統領選挙」に向けた治安情勢についての「安全対策会議」なるセミナーに出席する。午前中は日本大使館内のセミナー会場を貸切、ケニアの情勢、大統領選挙に向けた治安想定、非常時の対策などのオリエンテーションを受けた。
旅行の疲れもあり少々眠い場面もあったが・・・・
午後からは防犯対策について、実際に銃声を聞いたり、強盗やカージャックに襲われた際のシミュレーションや講義を聞く。午前中の内容はともかく午後の実践は比較的興味深かった。夕刻、ボランティアが自主的に発行している季刊誌活動についての夕食会を兼ねた会合に出席。中華料理を堪能。帰宅後早々に就寝。


9月4日
朝、旅行に出ていて忘れていた家賃をアパートのレセプションに支払いに行く。手持ちのお金が乏しくなったので、JICA事務所にある銀行に行きつつ、職場の同僚の日本研修行きの再アプライなどについて確認したり、事務的な仕事をこなす。午後からコンピュータ隊員の分科会の活動としてJICA事務所とのミーティングを実施。夕刻まで有意義な議論をする。夜、事務所の調整員宅に行き夕食をご馳走になる。深夜帰宅。


9月5日
9月7日に「ハートにシュートプロジェクト」と呼ばれるサッカーによる交流を主とする先輩隊員の活動(サッカー大会)に参加するため、西部方面に向けて出発。同期隊員の住む、会場の近郊の街、「ブンゴマ」までバスで10時間。道中は激しい路面状況で首がおかしくなるほど。「ブンゴマ」は西部でも田舎と聞いていたのだが、想像以上に発展しており、驚いた。街の道路も比較的整備され、スーパーも立ち並び何不自由のない生活が送れそうである。カレーのおもてなしを受け満足しながら深夜就寝。


9月6日
早朝、ウガンダとの国境の街「マラバ」に向け、同地に住む同期隊員のエスコートで出発。「ブンゴマ」から「マラバ」まではマタツで約1時間。「マラバ」到着後同期隊員のお宅訪問。これにて全同期隊員のお宅訪問1番乗りとなる。昼ごろ、ぼやぼやとウガンダ国境まででかける。イミグレに恐る恐る近づく。警官がいて国境を越えることはできなかったが、ケニアの最西に到着。
ウガンダ国境

ケニアに着任して約5ヶ月。東西踏破を成し遂げ少々感動。昼食をとり、同期隊員の家に。同期隊員の体調がすぐれないようなので、休養してもらうため、午後3時前には「マラバ」を後にし「ブンゴマ」に戻る。
夕刻、サッカー大会に参加する先輩隊員、ボランティア調整員の一部と合流し、同期隊員の友人が経営するレストランで豪勢な食事をとる。涙が出るほどうまいディナーであった。おなかが破裂しそうになりながら同期隊員宅で就寝。


9月7日
早朝、サッカー大会の会場である、「カカメガ」という街に向かう。ボランティア調整員の車に便乗し約2時間。会場の学校に到着、とてもきれいなサッカー場に大感激。続々と集合する参加者と共にウォーミングアップ。小さなセレモニーの後、サッカーの試合に参加する。
サッカー大会

対戦相手は、この更正施設の15歳前後の少年達。皆はだしで参加している。たくましい。ボランティアチームは前半先制するも、後半スタミナが落ちたのか、たて続けて得点され逆転される。我輩はというと、前半、後半とも10分と走ると足がもつれたいした活躍もできずにギブアップ。結局2点差を返すことができず5対3で敗退。結果は残念だったが、とてもすがすがしい時間を過ごせた。からだは全身筋肉痛でボロボロ。体力の衰えをひしひしと感じる。午後、学校の好意にて用意された遅い昼食を済ませ、ホテルに移動する。夕刻ホテルのプールでほてった体を冷やし、打ち上げパーティ。
カカメガのゴルフホテル

心身共に疲れ果て、深夜まで飲み明かそうとする先輩隊員を尻目に早々に就寝する。


9月8日
早朝、ホテルに隣接するゴルフ場に調整員と数名のボランティアと共に向かう。9ホールハーフを筋肉痛を押しつつ回る。むろん惨憺たるスコアだったが良い息抜きになった。
ゴルフコース

10時すぎにホテルをチェックアウトし、前月行ったビクトリア湖畔の「キスム」へ向け出発。前回同様、同期隊員宅に宿を取るために。昼過ぎ「キスム」に到着。ほかの隊員と合流しビクトリア湖畔の魚料理の店で昼食を取る。その後夕刻までタウンのカフェでパフェなどを食いながらぼんやり過ごす。夕刻同期隊員の家で夕食を済ませそのまま宿をとる。


9月9日
「ナイロビ」に戻るため朝一の長距離バスに乗り込む。道中は比較的順調で約8時間ほどで夕刻の「ナイロビ」市内のターミナルへ到着。だが市内は激しい渋滞で、送迎に呼んだ自宅までのタクシー待ちで2時間のロス。ぐったりする。7時すぎ自宅アパート着。明日から早速仕事に戻らないとならないので、早々に就寝した。


以上でこの2週間のケニア東西踏破旅行となってしまった旅行記です。実はもっと細かい話もたくさんあるのですが・・・自分の記録というつもりで端的に記載したので、単調な文となってしまってあしからず。まぁ、とにかくこんなにくたくたになった旅も人生初体験だったし行く先々の隊員たち、JICA関係者にはほんとうにお世話になった感が強く、きわめて良い経験となりました。これからしばらくは仕事に専念したいと思いつつ・・・また休みがとれたらどこかへ出かけたいとも思う今日このごろでした。(特にコースト)
最後まで読んでしまった人・・・お疲れでした。



愛犬の訃報 

昨日、メールを1週間ぶりにチェックしていた中に、妻から先週の土曜日に『実家の我が愛犬「リズ」が逝ってしまった』とのメールが入っていた。

先月の頭に、「歩けなくなり病院につれていった所、おなかにひどい腫瘍がひろがっており手術を断念せざるおえない状況」との連絡は受けていたので既に覚悟はしていた。
年齢もかなり老齢の域であったので、2年後の帰国時に元気で会えるという期待はしていなかったとはいえ・・・・辛い。

少年の頃に飼っていた犬がやはり腹部の腫瘍で亡くなって、心底悲しい思いをしたので、もう二度と犬を飼うまいと思っていたのだが・・・ふとした縁から母親がこの犬を手に入れ、勢いで「飼おう!飼おう!」ということになり突然家にやってきた。
とても怖がりで、癲癇(てんかん)の持病を持つという体の弱い犬だったので、あまり長生きしないだろうなどと飼い始め当初は話していたのだが、今に思えば長生きしたものだ。飛びぬけて利口な方ではなかったが、人懐こく、愛想がとても良く、心も顔立ちもやさしい犬だった。晩年は家族もみな自立し、お袋との接触くらいしか楽しみはなかったのだろう・・・最近は我が息子などが来ると体の痛みをこらえて元気に尻尾を振っていたという。もうすこし長生きできれば息子と公園ではしゃげる事もできただろうが・・・

先週の日曜、旅行先で朝方、母親が悲しい知らせを告げる夢を見て涙を流しながら目を覚ました。前回の犬が亡くなった時にも同じような事があったのだが、今回も「きっと何かあったなぁ」とうすうす感じていたのもあった。

ここ数日酷く痛みに苦しんでいたそうで、最後は安楽死を選んで逝かせたそうだ・・・妹に看取られて・・・よくがんばった。

もう会えないと思うと涙が溢れる。とても、とても、残念でならない。

ごめんリズ。さようならリズ。
遠きケニアの大地より哀悼の祈りをささげます。

「リズ」(ゴールデンレトリバー・雌)享年13歳

在りし日のリズ犬

ケニア国内東西踏破 

長期旅行から戻ってきました。

いやはやさすがに疲れてくたくた。でもコースト・・・海は最高でした。いろいろハプニングにより思い通りに行かない旅でしたが・・・とにかく充実した2週間でございました。この辺の顛末は近いうちまとめて・・・

今回の旅行でケニア国内を東の海岸から西のウガンダ国境までを踏破したことになりました。それから同期隊員全員(5名)のお宅訪問1番乗りを果たしました。着任5ヶ月ちょっとで動きまくりのだめ隊員ですが・・・・
とにかく、ケニアで行きたいと思っていた最低限の目的は達したということで、これからしばらくは仕事に専念したいと思います。

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